テニス肘・ゴルフ肘の違いと3タイプ — まずは病態を理解する
テニス肘(上腕骨外側上顆炎/Lateral Epicondylitis)・ゴルフ肘(上腕骨内側上顆炎/Medial Epicondylitis)は、いずれも肘関節の上顆(じょうか)と呼ばれる骨の出っ張りに付着する前腕筋群の腱組織に、繰り返しの過負荷がかかって生じる病態と考えられています。スポーツ愛好家のほか、家事・育児・PC作業など日常動作の累積で発症するケースも多く、30〜60代に好発するとされる、ありふれた肘の痛みです。背景の生活負荷によってスポーツ型・家事過用型・PC作業型(マウス肘)の3つに大別でき、自分のタイプを知ることがケア選択の第一歩になります。
「上腕骨外側上顆」と「上腕骨内側上顆」の解剖学的違い
肘関節は、上腕骨・橈骨(とうこつ)・尺骨(しゃっこつ)の3本の骨で構成されます。このうち上腕骨の遠位端(肘側)には、外側と内側にそれぞれ骨の出っ張り(上顆)があり、ここに前腕の筋肉群が付着しています。
- 上腕骨外側上顆(テニス肘の好発部位) — 前腕の伸筋群(手首を背屈させる筋肉)が付着。特に短橈側手根伸筋(ECRB: Extensor Carpi Radialis Brevis)の腱組織が、テニス肘における障害の主体とされています。バックハンドストロークでラケットを握り、ボールのインパクト時に手首を伸ばす方向で力を発揮する動作で、ECRBの付着部に強い牽引ストレスがかかると考えられています。
- 上腕骨内側上顆(ゴルフ肘の好発部位) — 前腕の屈筋・回内筋群(手首を曲げる/前腕を内側にひねる筋肉)が付着。特に円回内筋(えんかいないきん・Pronator Teres)・橈側手根屈筋(Flexor Carpi Radialis)の腱組織が、ゴルフ肘における障害の主体とされています。ゴルフのトップ・インパクト時の手首屈曲・前腕回内動作、タオル絞り、フライパン把持、子供の抱っこなどでこれらの筋に負荷がかかります。
「上顆炎」より「上顆症(腱症/tendinopathy)」 — 最新の理解
「上腕骨外側上顆炎(テニス肘)」「上腕骨内側上顆炎(ゴルフ肘)」と呼ばれているため、長らく『炎症』が病態の中心と考えられてきました。しかし、近年の組織学的研究(Kraushaar 1999、Nirschl 1992 ほか)では、慢性経過例の腱組織には明らかな炎症細胞が乏しく、コラーゲンの変性・血管新生・線維芽細胞の異常増殖が主体であることが分かってきました。このため英語圏の医学文献では、近年『Lateral/Medial Elbow Tendinopathy(肘の腱症)』『Tendinosis(腱症/腱の変性)』と呼ぶ動きが主流になりつつあります。
この理解の転換は、対応戦略にも影響します。『炎症』だとすればステロイド注射やアイシングなど抗炎症的アプローチが中心になりますが、『腱の変性』だとすれば段階的な負荷再開・ストレッチ・前腕筋の機能改善といった腱組織の質的改善を目指すアプローチが重視されます。当院では問診と徒手検査(圧痛点の確認・Cozenテスト・Millテスト・内側上顆圧痛テスト・前腕筋柔軟性・握力評価など)で、どの組織にストレスが集まっているかを丁寧に見極めたうえで、施術の可否を判断いたします。
背景負荷による3タイプ
同じ「テニス肘」「ゴルフ肘」と診断されても、背景にある生活負荷の違いによって対応の組み立て方が変わります。当院では下記の3タイプに大別して、それぞれの方の生活に合った保存的なケアをご相談します。
テニス・ゴルフ・バドミントン・卓球などのラケット/クラブ競技愛好家。週に複数回プレーしている方が中心で、40代後半〜60代前半での発症が多くみられます。テニスではバックハンドストローク時のECRBへの過剰牽引、ゴルフではトップ〜インパクト時の手首屈曲・前腕回内動作が背景になります。競技継続の可否・段階的な再開タイミングが大きな関心事になります。当院では競技動作の負荷を抜きながらも、シーズン中の継続可能なペースをご一緒に検討します。
テニス・ゴルフなどラケット/クラブ競技愛好家。45〜65歳に多く、競技継続と段階的な再開ペースの調整が課題。
特徴: 競技負荷 / 45〜65歳 / 段階的な競技復帰がテーマ
主婦・パート勤務の女性に多く、家事(タオル絞り・フライパン把持・ボトルのフタを回す・包丁での野菜切り)・育児(子供の抱っこ・授乳)などの繰り返し動作で発症するタイプ。「フライパンを持つと肘が痛い」「タオルが絞れない」「子供を抱っこできない」というご相談がよくあります。スポーツをしていないため「テニスもしないのにテニス肘と言われた」と戸惑う方も多くいらっしゃいます。家事動作は減らせない場合が多いため、動作工夫(両手で持つ・回し方を変える・道具を見直す)と前腕筋のケアを組み合わせるのが鍵になります。
家事・育児の繰り返し動作で発症。35〜55歳の女性に多く、動作工夫と前腕筋ケアの組み合わせが鍵となるタイプ。
特徴: 家事育児 / 35〜55歳女性 / 動作工夫が鍵
事務職・IT職・デザイナーなど、長時間のマウス操作・キーボード入力を仕事で行う方のタイプ。「テニスもしないのにテニス肘と言われた」「マウス操作で肘の外側がだるい・痛む」というご相談が多く、近年では『マウス肘』『PC肘』と呼ばれることもあります。長時間のマウス操作では手首をわずかに伸ばした状態で短橈側手根伸筋(ECRB)が等尺性収縮を続けるため、外側上顆への付着部にストレスが累積しやすくなります。マウス位置・モニター位置・椅子の高さ・休憩のとり方といった作業環境(エルゴノミクス)の見直しが回復の鍵になります。
事務職・IT職に多いマウス肘・PC肘。30〜50歳。作業環境(エルゴノミクス)の見直しが回復の鍵となるタイプ。
特徴: 事務職IT職 / 30〜50歳 / 作業環境見直しが鍵
動作別の症状変化 — 自分の肘の痛みのサインを観察する
テニス肘・ゴルフ肘は、動作によって痛みの強さがはっきり変化することが多く知られています。これは前腕筋の腱組織に牽引ストレスがかかる/抜けるという機械的特徴が背景にあるためと考えられています。下記は一般的な傾向です(個人差あり)。
- テニス肘(外側)で悪化しやすい動作・場面 — 物を持ち上げる(手のひらが下を向く形でカップやペットボトルを持つ)/タオルを絞る/ドアノブを回す/包丁を握る/ペンを長時間握る/マウス操作/テニスのバックハンドストローク/ゴルフのリードハンド側
- ゴルフ肘(内側)で悪化しやすい動作・場面 — タオルを強く絞る/フライパンを片手で持つ/重い鍋を持ち上げる/ボトルのフタを強く回す/野球の投球/ゴルフのインパクト時/腕立て伏せ
- 両者に共通する楽になりやすい場面 — 前腕の筋群が温まったとき(入浴後)/エルボーバンドを装着しているとき/動作を控えた休息時/ストレッチ後
- 典型的な所見 — 朝の起床直後は比較的軽く、日中の動作で徐々に痛みが増す/痛みのない反対側で物を持つことが増える/握力低下を実感する/痛む側で物を落とす経験
Cozenテスト・Millテスト・内側上顆圧痛テスト — 徒手検査の目安
テニス肘・ゴルフ肘の徒手検査でよく用いられるのが、圧痛確認と誘発テストです。整形外科では問診・徒手検査に加えて、必要に応じX線(石灰沈着・骨棘の有無確認)・超音波(腱組織の状態確認)・MRI(難治例の精査)が用いられます。当院では下記の徒手検査の所見を参考に、施術の可否や対応の組み立てに活用します。
- Cozenテスト(コーゼンテスト/テニス肘の誘発テスト) — 検者が患者の手関節を背屈方向に抵抗をかけながら、患者に手関節を背屈させる。外側上顆部に痛みが誘発されればテニス肘の可能性を示唆。
- Millテスト(ミルテスト/テニス肘の誘発テスト) — 肘伸展位・前腕回内位で、検者が患者の手関節を掌屈方向に他動的に押す。外側上顆部に痛みが誘発されればテニス肘の可能性を示唆。
- 内側上顆圧痛テスト・抵抗下手関節屈曲テスト(ゴルフ肘の誘発テスト) — 内側上顆部の圧痛確認、および肘伸展位で患者の手関節屈曲に抵抗をかける。内側上顆部の痛みが誘発されればゴルフ肘の可能性を示唆。
ただし類似症状を示す病態に頸椎症性神経根症(C6〜C7)・肘部管症候群(尺骨神経障害)・回外筋症候群(橈骨神経障害)・関節リウマチに伴う肘の痛み・変形性肘関節症・痛風発作・成長期の野球肘(リトルリーグ肘)などがあり、これらは保存的アプローチや対応戦略が異なります。肘の痛みに加えて小指・薬指のしびれ・前腕全体の感覚低下・両側同時発症・発熱を伴う発赤・夜間痛・成長期の骨端線が閉じる前の中学生以下の場合は、自己判断せずまずは整形外科でのご評価をご検討ください。
テニス肘の自然経過 — ガイドライン2024が示す事実
テニス肘(上腕骨外側上顆炎)と診断されると「いつ治るのか」「テニスや仕事を続けてよいのか」と不安になる方が多くいらっしゃいますが、テニス肘は保存療法で約9割の方が改善すると国内ガイドラインで報告されている、予後の比較的良い病態です。患者さまが選択肢を冷静に判断するための一次情報として、いくつかの引用をご紹介します。
テニス肘の自然経過 — 上腕骨外側上顆炎診療ガイドライン2024
日本整形外科学会・日本肘関節学会監修『上腕骨外側上顆炎診療ガイドライン2024(改訂第3版・南江堂)』では、保存療法によって約9割の方が改善すると報告されています。一方で経過には個人差が大きく、3ヶ月〜1年以上かかるケースもあるとされています。発症初期から無理のないペースでセルフケア(ストレッチ・負荷コントロール・前腕筋の柔軟性向上)を始めるほど経過が穏やかになる傾向があるとされ、症状の長期化を避けるためにも早めの対応が一般的にすすめられます。完全に無痛に至らず軽度の違和感が長期間残るケースもあり、あくまで集団としての傾向であり、個々の経過を保証するものではありません。
保存療法の位置づけ — ガイドラインの推奨
上腕骨外側上顆炎診療ガイドライン2024では、テニス肘に対する保存療法として、鍼治療がGrade A(行うよう強く推奨する)、ストレッチ療法がGrade B(行うよう推奨する)に位置づけられています。当院の鍼治療・手技・物理療法・ストレッチ指導は、ガイドラインを参考にしながら、整形外科の主治医による治療と並行できる『保存的なケアの選択肢のひとつ』としてご利用いただけます。個別の施術可否・通院ペースは、お身体の状態を確認したうえでご案内します。
ステロイド注射に関する報告 — Bisset BMJ 2006
テニス肘に対するステロイド局所注射は、整形外科で選択肢として提示される処置のひとつで、短期(4〜6週)の痛み軽減には有効性が報告されています。一方、英国BMJ誌に掲載されたBisset Lらの2006年のランダム化比較試験(BMJ. 2006;333:939)では、注射群・運動療法群・経過観察群を1年追跡した結果、注射群の1年後の再発・症状残存率は約50%と報告されています。再度の注射が選択肢になるかは整形外科の主治医のご判断であり、当院から評価を申し上げる立場にはありません。整形外科での治療と並行できる保存的な選択肢として、ガイドライン2024では鍼治療・ストレッチ・段階的な負荷再開などが紹介されており、当院ではそうした選択肢のひとつとしてご相談いただけます。お薬・注射のタイミングは必ず処方医にご相談ください。
背景因子 — 動作累積・前腕筋の柔軟性・道具/作業環境
テニス肘・ゴルフ肘は単一の原因で起こることは少なく、動作の累積(競技動作・家事動作・PC作業)・前腕筋(伸筋群・屈筋回内筋群)の柔軟性低下・握力/把持動作の繰り返し・道具(ラケット/クラブ/マウス)の合わなさ・作業環境(モニター/机/椅子の高さ)・年齢に伴う腱組織の変化など複数の要因が重なって発症することが多いと考えられています。改善のためには痛みの除去だけでなく、これら背景因子の見直しが重要です。
なぜテニス愛好家が3〜5割を占めるのに、過半数は非テニス患者なのか
「テニス肘」という名前から、テニスをしている人だけがなる病態と誤解されがちですが、実際にはテニス肘患者のうちテニス愛好家は3〜5割程度で、残りの過半数は非テニス患者であることが各種疫学報告で示されています。背景は家事(主婦)・育児(子供の抱っこ)・PC作業(マウス肘)・職業上の前腕反復動作(料理人・大工・電気工事士・楽器演奏家・歯科衛生士など)と多岐にわたります。逆に言うと、テニスをしていなくても発症しうる病態であり、家事・育児・仕事の動作累積で十分発症しうるという理解が重要です。当院では生活背景に応じた対応の組み立てをご一緒に考えていきます。
セルフチェック(あくまで観察ポイントです)
あなたの症状がテニス肘・ゴルフ肘に近いか、観察ポイント
- 痛みの場所(テニス肘): 肘の外側(上腕骨外側上顆)の一点に圧痛
- 痛みの場所(ゴルフ肘): 肘の内側(上腕骨内側上顆)の一点に圧痛
- 動作で痛む: 物を持ち上げる/タオルを絞る/マウス操作/スイング動作で痛みが誘発
- 朝より日中・夕方に増悪: 動作の累積で痛みが強くなる
- 反対側でかばう: 痛むほうで物を持つのを避ける/握力低下を実感
- 背景負荷: テニス・ゴルフ・家事・育児・PC作業など心当たり
- レッドフラッグなし: しびれ進行・両側同時・夜間痛・発熱・高所転倒後ではない
※ 上記は一般的な傾向であり、診断ではありません。テニス肘・ゴルフ肘の確定診断には医療機関での問診・徒手検査・必要に応じX線/超音波/MRI検査が必要です。頸椎症性神経根症・肘部管症候群など類似症状を示す病態もあるため、自己判断ではなく整形外科でのご評価を優先してください。
・Bisset L, et al. "Mobilisation with movement and exercise, corticosteroid injection, or wait and see for tennis elbow: randomised trial." BMJ. 2006;333(7575):939.
・Zhou Y, et al. "Acupuncture for Lateral Epicondylitis (Tennis Elbow): A Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials." Pain Res Manag. 2020;2020:8506591. (PMC7114772・10 RCT/796名)
・Kraushaar BS, Nirschl RP. "Tendinosis of the elbow (tennis elbow). Clinical features and findings of histological, immunohistochemical, and electron microscopy studies." J Bone Joint Surg Am. 1999;81(2):259-278.
・日本整形外科学会 公式サイト(肘の痛みに関する一般向け情報) https://www.joa.or.jp/
・慶應義塾大学病院 KOMPAS(上腕骨外側上顆炎)・社会福祉法人 恩賜財団 済生会(テニス肘) 各公式ページ
・厚生労働省 統合医療情報発信サイト「eJIM」https://www.ejim.mhlw.go.jp/





